母の日前夜~業の告白~

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※この手記は保険とは一切関係ありません。私が人生で抱えてきた業の告白であり、そのすべてが明日、明らかになることへの落ち着きを取り戻すための作業として、この記事を書いています。

敢えて恥部を曝け出すことで、業から自分自身を解放しようとする試みです。

しかも、めちゃ長いです。誠に勝手ながら、興味のある方はお読みいただけますと嬉しく思います。

今日は5月9日であり、明日の5月10日は母の日であり、私は昨日、実家の母の元へ郵送でお花と手紙を送りました。

ここまでは家族のよくある風景かもしれません。しかし、私が母に花を贈る、もしくはプレゼントをするというのは、3年前の母の誕生日に花を贈ったこと以外は一切なく、ほとんど前例がないんです。

その私は今、明日にも届くその手紙が母に読まれることによって、母がどのような反応を起こすのか、想像がつかなく、心がざわつき、居てもたっても居られないのでこうして筆を取っているのです。

「母の日に花と手紙を送るくらい、何を大げさな・・・」と思われたことでしょう。

確かに、大げさなことを言っている自覚はあります。しかし、こんな些細なことに心をざわめかせてしまうことこそ、私の背負った業であり、その一端を今日、あなたに届けたいと思ったのです。

というのも、私は、セミナー講師を務めたり、保険のコンサルティングを行うなど、人と話すことが好きなのですが、私は両親と楽しく会話した記憶がほとんどない人間なんです。

「家族団らん」という言葉の意味はTVや映画の中では知っていても、悲しいかな、”実体験”としての”認識”は持ち合わせていないのです。

「今までず~っと、自分の正直な思いや気持ちを我慢し続けていた」と、”自分の認識では”思っていました。

これを書きながら、なんてワガママな人間なんだと自己嫌悪にも陥りますが、ここにはある原体験が起因します。

この原体験は、ここ1年くらいでようやく他人様に吐露できるようになったことであり、ましてや両親に伝えるなんてことは、したことがありません。

今からその原体験と、私がこの体験によって勝手に作り上げた認識を告白したいと思っています。このHPは、私の友人等も読んでいるので非常に恥ずかしいですが、、、

お読みください。

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あれは、私が幼稚園もしくは、小学校低学年の時でした。

ある日、いつものように「ただいま~」と帰ってくると、「し~ん・・・・」として誰からの返事もありません。

当時専業主婦で家に居るはずの母も、妹も、(父は仕事でいないのは分かってました)、誰も居なくて、幼い私はなぜか、と~~~~~っても怖くなってきたんです。

怖くて、怖くて、どうしていいか分からなくなって、「おかあさーん!」と泣き叫び、果ては玄関から外に出てまで泣き叫んでいました。

なぜあの時あそこまで泣き叫んでいたのか、大人の私には今ではよく分かりませんが、幼心に「あれ、自分は捨てられたの?」なんて妄想をしていたのかもしれませんね。

もう近所のお母さんたちも出てくるくらいの騒ぎだったのですが、そうしているうちに、母は帰ってきたのです。

もちろん「捨てられた」なんてのは単なる妄想で、ただ買い物に行っていただけのことでした。

でね、泣き叫ぶ私を見て、母は、こんなことを言ったのです。

「なんでそんなことで、泣いてるの。」

・・・・!!

その時の雰囲気は今でもはっきりと覚えていますが、私の胸はズキューーーンと苦しくなって、ある信念が私の中に植え付けられました。

「そっか、男の子は、自分の弱いところを人に見せたらだめなんだ・・・!」と、強~~く胸に突き刺さったのです。

それからというもの、例えば学校で嫌なことがあっても、友達付き合いで何か失敗して悩んでいるときも、テストの成績が上がらず悩んでいた時も、親にSOSを出したことはありませんでした。

常に我慢して、グッと堪えてきました。

そうそう、これは断言しておきますが、母は人格者ですよ。

私が高校生の時なんかは、毎朝5時起きで家族全員分のお弁当と朝ごはんを作ってくれてから仕事に行っていましたから。

でも、高校生になるころには私の心は捻くれてしまい、そんな母に感謝することすら出来ない人間に仕上がっていたんですよね。

「なんでそんなことで泣いてるの。」という発言だって、泣き叫ぶ私のことをバカにして言ったつもりは毛頭ないことは、重々分かっています。お互いの歩んできた人生の中で、お互いが使う言葉と受け取る言葉の重みに差があっただけのこと。

でも、でも、私は、あの時に母に言われた一言とそれによって自分自身で植え付けた負の信念「男の子は、人に弱みを見せてはならない。」に縛られて生きてきました。

おまけに頭脳も普通、運動音痴、会話が苦手、という中で、誰にも弱みを悟られないように、強がって、誤魔化して生きてきたんです。

その結果、私は人との距離感を詰めるのが怖い、人と心から仲良くなるのが怖くなってしまった。なぜなら私は、信じてた母に”裏切られた”と”勝手に思ってしまって”いるから。

あの時も本当は、抱きしめてほしかったし、慰めてほしかった。

でも、そうしてもらえなかったあの辛さを、もう一度体験するのは正直しんどい。

だから私は、誰かと深~~~い関係を築くことを、無自覚に怖れているんです。

人から嫌われることを恐れ、時には楽しくない時に笑い、辛い時に笑い、自分を鼓舞して生きてきました。(鍼灸師の方に、精神的な我慢が募りすぎて、身体がカチカチに固まっていると言われたことがあります。笑)

私の幼少期の母との原体験、そして、そこから生まれた私の人間関係の構築における恐怖が、私の業なのです。

~~~

なんか、我ながら、堅~い文章ですね。笑

もっと軽快に、ポップにお話できたらいいのですけれど、性格的にできないようです。

さて、以上が私が業と呼んでいる過去なのですが、これを成仏させるために私からすればかなり勇気のいる大きな一歩が手紙であり、それを今日、踏み出したのです。

なぜ今までひた隠しにしてきた私が行動に起こしたのかというと、、、この原体験を知っている、仲良くしていただいている女性のスーパー経営者の方から、2日前にこういわれたんです。

「コミュニケーションの本質は、家族よ。家族とのコミュニケーションを上手に取れないで、何が仕事なの。お母さんに、今までのことをちゃんと謝ってきなさい。」と。

まあ30年にわたってひた隠しにしてきた業ですから、最初はイヤだイヤだと駄々を捏ねていたのですが、その方は声を震わせて、自身の体験を交えながら私に訴えかけてくれたのです。

「私も昔は、西くんと同じだったんだよ。お姉ちゃんばかり可愛がっている親を見て、”私なんて可愛くないんだ”という認識で育ってきたの。そういう親への認識を持ったまま大人になっちゃったけど、35歳くらいの時に正直にそのことを話したら、『そんなわけないじゃない』と言ってくれたんだ。だから西くんも、早く一歩踏み出しなさい。子どもの時に心に抱えた爆弾は時限爆弾なの。だからいつか自分で爆発させなきゃ。」って。

「それに西くんが、そんな思いを抱きながらも周りから愛されてかわいがってもらえるのは、明らかにご両親の素晴らしい教育の賜物なんだよ。その教育や思いがあなたに乗っていなかったら、もっとツマラナイ人間になってたかもしれないのよ。あなたが親にどんな思いを抱こうが、その両親に感謝の気持ちを伝えられないなんて、間違ってます。」って。

涙ながらに私に伝えてくれるその人の姿を見て、「あぁ、ここまでしてもらって動かなかったら、俺はクズだな。」って思ったんです。

私にそんなことを言ったところで、その人には何の得もないはずなのに、自分の損得を超えて私に生きる道を説いてくれたのですから、こんなにありがたいことはありません。

それに、それを聞いてくれていた多くの同志たちが、心の底から応援してくれたんです。

私の師匠も、とっても温かいコメントをプレゼントしてくれました。

なんステキな人に囲まれて生きているんだろうと、強く強く感じました。

それで、私は決めたのです。

「よし、母に、自分が今まで思ってきたことを伝えよう。そして謝ろう。そして感謝の気持ちを伝えよう。」

正直言えば、「親に伝えよう」という思いよりもその方の誠意に応えたいという思いの方が強かったのは否めません。でも、それでも、「いつか伝えなきゃいけない」とは思っていましたし、早くこの負の信念とはオサラバしなくちゃいけないと、強く願っていました。

だから、その日のうちに、母の日の花と一緒に贈る手紙を書いたのです。

・泣き叫んでいたあの日のこと

・あの日に母に言われた一言が、強烈に胸に刺さっていること

・その言葉が、私の人生を大きく縛り上げてしまったこと

・そのうえで、今まで母を言い訳に生きてきたことを謝り、

・強がって生きてきたことを謝り、

・ツマラナイ顔していたことを謝り、

・そして、今まで愛情を持って育ててくれたことを感謝し、

・いつも俺の味方でいてくれたことに感謝し、

・この世界に俺を産んでくれたことに「ありがとう」と伝えました。

涙を流しながら、この手紙を書いていました。

そしてその手紙と花を一緒に今日発送し、明日に届きます。

母がこれを読んで何を感じるのかは分かりません。母は私ではありませんから。

正直、明日の反応がめっちゃ怖いです。

母は素晴らしい人格の持ち主なので無下にしてくることはないとは思いますが、でも、あの泣き叫んでいた時に言われた一言がフラッシュバックしてくるのです。

だから、こうして書くことでしか、気持ちを落ち着けられないのです。

でも、スッキリした部分もあるのです。

だって今まで約30年にわたって向き合うことができなかった自分の気持ちを、母に直接伝えることができたのですから。

ずっと、ずっと逃げてきたことに、初めて向かい合うことができたのですから。

ここまで来るのに、本当に時間を要しました。

私の友人、仲間、師匠、あゆみ先生(そのスーパー経営者)、白石さん(私のことを気にかけてくれるお姉さま)、先輩方が、こんな私のことをいつも思いやってくださって叱咤激励してくださったおかげで、やっとこさこの心境にたどり着きました。

明日の母からのリアクションは怖いですが、でも、もう何があっても動じません。

でも、怖いから、気を紛らわすために、こうしてまだ筆を止めないのでしょうね。

事の顛末は、また書きます。

何が起きようと、私の人生にとって、大きな一歩となりそうです。

私と出会ってくれた全ての人に感謝し、今度こそ筆をおこうと思います。

あなたのおかげで今の私がいます。本当にありがとうございます。

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