母の日その後~業へ贈る鎮魂歌~

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さて、どこから書き始めればいいのか・・・。

私の人生を思い返しても、これほどまでに怖い思いをした2日間はなかったし、これほどまでに優しい言葉のシャワーを浴びた2日間もありませんでした。

そもそも私が業と名付けた過去の経験とそこから生成された(勝手に自分で植え付けた)負の信念は「弱みを見せられない」というものでした。

根本である過去の経験とそこで自分自身が何を感じたかという、自分では最大の業を誰かに真剣に伝えられるはずもなく、それをその原因である母に直接訴えかけるという行動自体が、自分の弱みの大暴露になってしまうわけで、今までの私であれば考えられないことでした。

そして、いくら恐怖に襲われてるとは言え、その一連の出来事を文章にし、公の場で発表するなんてことは・・・、それこそあり得ないことでした。

今までは自分の弱みは笑いに変えることで誤魔化してきました。人から何かを言われてもそのパンチが自分に効いていることが悟られるのが怖くて聞こえないふりか笑ってすませていました。

傍から見れば童話に出てきそうな悲しき少年のようにも思えますが、自分ではその歴が長すぎて、身に沁みついちゃっています。

昔ほどは大きなダメージを受けません。

私に対する「いつも笑っている・朗らか」というイメージが、「アイツはヘラヘラしている」に変わる瞬間は、大抵、相手が私に真剣に話をしてきた時でしたから。

確かにヘラヘラしていましたから何の反論も出来ないんですけれどね。まぁあれは己への防御反応であり、人と深い人間関係を結ぶことに対する逃げ道だったわけです。

つまり、「母の日にお花と手紙を郵送」という行為は私にとって、私が今まで一番逃げてきた分野を正面突破するという本来あり得ない行動だったのです。

そして、当時から今までの心境を綴った手紙を母に送るという行為は、「おかあさーん!」と泣き叫んでいたあの日と全~~く同じ行為だったんです。

私にとっては、あの日のことをトレースしているだけだったのです。

だからこそ、あの日と同じように、「なんでそんなことで泣いているの。」と言われてしまうんじゃないかと想像すると怖くて仕方なかったんです。

その一言から逃げるために、今まで精神に鞭打って頑張ってきたのに、再度同じ一言を言われたらもう立ち直れないかもしれないと思っていました。

だからいてもたってもいられなくなって、あの記事を書いたわけなのです。そして、私の業が書かれたあの記事を私の師匠やそのお仲間たちが200人以上所属するグループラインにも恥を忍んでお見せしたのです。

「どんな反応が来るだろう・・・。」と内心ドキドキしていました。

しかし、翌朝にはもう予期せぬ量の温かい応援&励ましの言葉をたくさん受け取ったのです。

私を労ってくださる方、あの文章を読んで感動したと言ってくださる方、もしかしたら胸に留めておきたかった体験談を私に語ってくださった方、私を勇気づけてくださる方、私の一歩を頑張ったねと認めてくださる方、優しさいっぱいの言葉を投げかけてくださる方、わざわざ個別にLINEをくださる方、沢山の方が私のために長文で文章を紡いでくださいました。

そしてその皆さんが、「ステキな母の日になりますように」と私のために祈念してくださったのです。

5月10日は朝からず~~~~っと、その温かい言葉のシャワーを浴び続けているうちに、いつの間にか私の心はかなり救われていました。

なんでそんなことで悩んでいたんだろうとさえ、思えるくらいに傷は癒えていました。

再び、「なんでそんなことで泣いてるの。」と言われることを怖れていた気持ちはほとんど消え始めていました。

「ありがたいなぁ。」と人の温かさを、ようやく実感できるまでになっていました。

多くの方に感謝のお返事のLINEを送らせていただきながら、時計を見ると夜の23時。

母からはまだ返事はありませんでした。

「あぁ、もしかしたら伝わらなかったかな。」と思っていると、ピロン♪とスマホが鳴りました。

そのLINEの主は・・・、母からでした。

「こんばんは!お花届きました。そしてお手紙も!ありがとうね。友樹の気持ちがよくわかりうれしかったです。お母さんも手紙書きますね。おやすみ」

・・・。

「あ・・・。伝わっていたんだ・・・。」

母からの返事は「なんで泣いているの。」という言葉なんかではなく、もちろん詳細は手紙が送られてくるまでは分からないけれど、「伝わった」ことに大きな安堵を覚えました。

私からの手紙が何時に届いたのかは分かりませんが、母なりに返事には困ったと思います。

今までほとんど喋らなかった息子から急に手紙が届き、しかもその内容はヘビーだし、どのように返事していいのか分からない部分もあったかと思うんです。

普通なら、戸惑うと思います。

「ありがとう」と言ってくれたこと、「手紙を書くね。」と言ってくれたことももちろん嬉しかったのですが、「自分の思いが伝わったこと」が何よりも嬉しかった。

自分の思いなんて、伝わらないものなんだってどこか諦めて生きていました。

自分の希望なんて、叶わないのが当たり前だと心の片隅でずっと思っていました。

だったら人の顔色を見て、それに合わせてノラリクラリと生きるほうが楽じゃんってどこか冷めた目で人間関係を築いていました。

「誠意は伝わる」という考え方も、私は正直大嫌いです。

吉田松陰が言い始めたこの考え・・・自分都合で、相手のことを考えず、自分の思いに「誠」さえあれば相手に伝わり、その挙句には相手を意のままに動かすことができるというこの超自己中心的な考え方は大嫌いです。

でも、それでも、「伝わる」ことの喜びを感じざるをえなかった。

あの時の「おかあさーん!」と泣き叫んでいた私が母に言われたあの言葉は、嘘じゃないけれど真実でもないことがようやく分かりました。

身をもって分かるまで、長かったなぁ。

どんな顔して母から送られてくる手紙を読めばいいのか、そして今度実家に帰る時にどんな顔をして母に会えばいいのか、今の私にはさっぱり分かりません。

でもそれは、単に照れ臭いだけなので今までとは大きく違いますよね。

ようやく、心のわだかまりがスーッと溶けた気がします。

今日の日を迎えられたのは、年齢関係なく人生の先輩方との出会いや言葉の一つ一つの積み重ねのおかげです。

この話を全く知らない友人との何気ないバカ話までも、この日を迎えるためになくてはならないものだったと思えます。

木曜の夜に、私に親と向き合うために全身で訴えてくれたあゆみ先生。

その日一緒に私を応援してくださった、三洞さんとコンサル塾のメンバーの皆さん。

金曜の夜に、「やってしもたー」とわーわー喚く私のとりとめもない話をずっと「大丈夫だよ」と言ってくれた同僚の石井さん。

不安で仕方なかった土曜の夜、3時間にも及ぶ私の電話を「うんうん」と聞いて励ましてくださった白石さん。

土曜の深夜の私の唐突な記事投稿に対して、私を励ます温かい言葉のシャワーをずっと浴びせてくれた受講生仲間の皆さん。

そして今まで私に助言・忠告・叱咤激励をかけてくれた、私に出会って下さったみなさん。

皆さんの支えがあったおかげで、精神がぶっ壊れずに今まで生きてこれました。

生返事ばかりで、鬱陶しいことも多々あったかと思いますが、見捨てずに気にかけてくださって本当にありがとうございました。

今日の記事は、タイトルにもあるように、私がずっと抱いてきた業への鎮魂歌となりそうです。

今日からは、明るく、1人の青年らしく、胸を張って生きていこうと思います。

それもこれも、全部、これを読んでくださっているあなたのおかげです。

改めて、感謝申し上げます。

本当に、本当に、ありがとうございました。

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