コロナウイルスに、”正しく怖れる”。

Pocket

情報化社会・・・・、現代の日本がこのような言葉で形容されるようになってから久しいですが、書店に行けば1つのジャンルであらゆるテーマの本が並び、都会の繁華街に行けば沢山の看板、SNSが普及したことで情報の発信は企業だけにとどまらず、個人の発信にもかなりの影響力を持つようになりました。

BtoB(企業が企業に売る)もしくはBtoC(企業が個人に売る)という長~~~~い時代を経て、今や、CtoC(個人が個人に売る)のが当然の時代になりました。

メルカリなんて、完全にCtoCの世界ですもんね。

私は年齢的にこのことがさほど”珍しくもない”ので、まだ感慨深さを正しく認知できずにいますが、バブルを経験してきた我々の父母世代からすると、これはトンデモナイ出来事だそうですよ。

だってビジネスモデルがガラリと変わる訳ですから!私の父は富山県民であれば誰でも知っている企業に勤めていますが、「俺が若い頃とは違うよなぁ~・・・。」と、ヒシヒシと感じていることだと思います。

でね、これだけ個人が情報を自由に発信できる時代になったわけなのですから、情報化社会になってしまうことは当然のことであり、何も日本だけではないでしょう。

なんせ、2020年の世界の情報量の総量は44ZB(ゼタバイト)、これは44兆GBにも相当するそうですから。(数字が大きすぎて、目まいがしますね・・・)

・・・、そろそろ本題に入りますが、コロナウイルスに”正しく怖れること”について述べます。

最初に申し上げますが、私は感染ウイルスの専門家でもなければ裏の情報を知っている人間でもなく、皆さんの同じ、一般庶民です。

そんな人間が述べる私見ですので、そのつもりでお聞きくださいませ。

さて、ついに私が住む富山県でもコロナウイルスの感染者が昨日発表され、しかもその日の朝に日本を代表するコメディアンである志村けんさんの訃報が流れるという、とてもショッキングな1日でした。

私は正直、志村さんが作る笑いをしっかりと見たことがありません。8時だよ‼全員集合‼は私の生まれる前のTV番組だし、バカ殿は父親のチャンネル権に負け、いつも見れませんでした。大人になってからはほとんどTVを見なくなってしまったので、本当、志村さんの笑いを間近で見る機会が非常に少なかったのです。

とはいえ、酒とタバコと女性を心から愛した昭和の超ビッグ芸人さんが亡くなるというのは、1つの時代の終焉を知らせるような、計り知れないものさびしさと悲しさがあります。

そしてでの初のコロナウイルスの感染者が発表されたわけですから、富山県民の心は程度の差こそあれ、ざわついていることでしょう。

メディアを開けば、インドが感染者27人で都市封鎖を行い、スペインやフランスでは外出謹慎が言い渡され、日々新たな感染者の発表があり、オリンピックの延期が決まり、世界経済の停滞がうわさされ、日本でもロックダウン、オーバーシュートなる普段は全く聞きなれないようなカタカナ単語が、”情報”という形で我々の耳に毎日のように入ってきます。

コロナウイルスはインフルエンザより軽度だとか、基礎疾患のない若者の死亡例は少ない、などの情報も日々飛び交っていますが、どれが真実でどれがウソかは我々一般人にはちゃんと判断がしにくいものです。

そもそも一口にインフルエンザより軽度だと言っても、インフルエンザの死亡者は年間3000人を超えます。(2018年は3325人)

恥ずかしい話、コロナウイルスで様々な情報が飛び交うものだから調べてみて初めて知ったわけなのですが、とんでもない数の方々が毎年インフルエンザによって亡くなっているのです。

日本のコロナウイルスによる死亡者は現段階で発表者ベースで49人ですから、なるほど確かにインフルエンザよりは軽度だと言えるのかもしれません。

しかしコロナウイルスは特効薬が見つかっていないという点や、重症化する確率がインフルエンザとの違いですし、実際にこうして日本中の誰でも知っている著名人の方がコロナウイルスにより亡くなられると、認知できない恐怖を我々に襲いかかってきます。

人は誰しも、少なからず、「そうはいっても自分はコロナにかからない」という生存者バイアスの中で生きていたでしょうから、この富山県民の感染者発表と志村けんさんの訃報はかなり大きなショックを与えたのではないかと思っています。

でもね、こんな時こそ、私たちは正しく恐怖しなければなりませんよ。

”正しく”というのは、メディアに踊らされることなくという意味であり、”恐怖する”というのは、対策すると同等の意味合いです。

コロナウイルスそのものに関する情報(重症化率、罹患数、死亡率、それが与える経済打撃、都市封鎖などなど)は、冷静に考えれば、何が正しいかは分からないことくらいは誰にでも分かります。

感染者数だって、国や行政が隠ぺいしているケースだって少なからずあるでしょう(例えば世界的な輸出企業に感染者が出たら、国の経済に特大打撃を与えますしね)から、どれが本当かなんて分かりません。

死亡率も同じことです。コロナに感染したと診断される前に肺炎で亡くなり、コロナによる死亡者数にカウントされていない可能性だって十分にあります。

それに感染者のことばかりが謳われ、治った人、回復した人の数やその人の情報が全く流れてこないことにも違和感を感じます。

このように情報の捉え方によっては、怖れようと思えばどれだけでも怖れることができるし、安心しようと思えば安心できるのです。

つまり、分からないことをどれだけ詮索したところで、我々一般庶民には到底分からないことなのです。

私たちが確実に理解できることは、次の3点です。

1.コロナウイルスに、世界中、日本中が錯乱している。

2.感染経路は、飛沫感染、または接触感染(現段階では、一応、空気感染はないとされている)。

3.ウイルスに感染しないように、自分自身の免疫力を上げる努力をする。

であるならば、不要不急の用事で人混みに行くことは避けるべきだし、できるだけマスクの着用をすべき(人に安心感を与えるためにも)だし、自らの免疫力を上げるためにも健康に留意する・・・、という基本に立ち返ることが大事でしょう。

人と全く会わずに生きていくのは、なかなか出来るものではありません。だからこそ、正しく恐怖し、正しく行動するのです。

私も人混みは避け、毎日水素風呂に浸かり体温上昇に務め、ぬか漬けや納豆などの発酵食品を食すことで免疫力を上昇させ、人に会うときはマスク(これも買占めをしなくていいように、洗って使える手作りマスクを購入しました)を着用することを心がけています。

水素風呂もぬか漬けも、最近の私のライフワーク(納豆はもともと大好き)なのでコロナのために始めたわけでは一切ないのですが、幸か不幸か結果的にコロナ対策になっていました。

優しさの詰まった洗って使える手作りマスクを購入できたのも、私の大嫌いな買占めをすることなくコロナ対策ができて、とても嬉しく思っています。

このように健康的に、エコロジーに生活することは心にゆとりを与えてくれるものです。

このような日本中が大変な状況の中でも、ささやかな楽しみ・幸せを見つけることは誰にだって出来るものなのですよ。

確かにいま、日本は緊急事態でしょう。

備えられることは備えるべきだし、節度ある正しい行動を選択するべきでしょう。

それは正しく恐怖することによってのみ生まれ、工夫すれば小さな幸せを見つけることができたりするものです。

皆さんの健やかなる毎日をお祈りして、筆をおきます。

※これは2020年3月31日現在の私の私見であり、今後のコロナウイルスの動向によっては主張が変わることは十分にあり得ますのでご了承ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

こんにちは。 生命保険見直しクリニック 院長の西友樹(にし ゆうき)と申します。 当院は、あなたの生命保険を治療し、無駄な保険料を2000万円削減致します。 浮いたお金は、ご家族の楽しみや幸せの量を増やすためにご活用ください。