「そんなにジャージが好きなら、一生ジャージを着てなさい!」

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私がいま開催している「子どもの才能の伸ばし方&マネー講座」では、人が”生まれながらに持つ”資質(性格ではありません)を明らかにし、コミュニケーションのコツをお伝えしています。

人間関係の悩みというのはそもそも、相手が考えていることが分からないことが原因なんですよね。
人は誰だって、自分自身のことしか分かりません。

すると、相手のことを見るとき、いつだって基準は「自分」になってしまいますよね。

例えば私の知り合いに、旅行に行くときは必ず「旅のしおり」を作らないと気が済まない人がいます。
例えば東京旅行に行くとしたら
・13:17 東京駅着
・13:38 山の手線に乗って、渋谷へ
・14:00~15:00  渋谷観光
・・・

みたいな感じです。

行く前にしっかりと計画を立てて、どうすれば行きたいところを効率よく回れるのかを考えるんですよね。

一方私は、ぜ~んぜん、そんなことは気にしません。

自分が行きたいと思うところに行くことができればそれでいいですし、多少時間のずれがあったって何とも思いません。

なんなら、最初に行ったところが非常に面白くてそこに居座っちゃって、予定がずれちゃっても全然かまいません。
「あぁ~楽しかったぁ~!」と満足してます。(笑)

これ、単なる人の「考え方」の違いであって、そこに善悪はありません。
でも、「旅のしおりを作る派」の人と「楽しければ良い派」の私が一緒に旅行に行ったら、妙なズレは起きるでしょう。

作る派の人は、私を見てこう思うはずです。
「せっかく計画立てたのに、全部行けなかったじゃん!」

逆に私はこう思います。
「そんな細かいこと気にしなくても、楽しかったんだからいいじゃん!」

お互いに気が強かったら、ちょっとしたケンカになっちゃうかもしれませんよね。
「なんで、私の思ったことが伝わらないんだろう・・・」って思い悩むことあるんじゃないでしょうか。

いまは旅行を例にしましたが、こういった違いは日常生活でどれだけでも起こります。
特に、一緒に生活をしているような相手だと、モロにそれらの違いが明確に出てきます。

これは私が高校生の時の話です。
当時私は、とても仲の良い友達数人と、ある一人の家に泊まって遊ぶことがよくありました。

まあ遊ぶと言っても、ひたすら喋ってるだけですけれども(笑)
富山県なのに、なぜかお笑い大好きな友人が揃っていたので、それはもう朝までず~っと爆笑し続けていました。

今思い返せば、一ミリも面白くない「自分なりのすべらない話」なんかを披露したりしていましたしね。

夜中にゲームセンターとか行くのではないので、健全と言えば健全ですが、ちょっと変わった高校生でした。

でね、その泊まる友人の家って、駅からとっても近いんですよ。
私からすれば、友人の家についてしまえば、あとは外に一歩も出ずに喋り続けるだけなんで、わざわざ私服に着替えて電車に乗るのがと~っても面倒だったんです。

だからある日、ジャージでそのまま電車に乗って友人宅へ行こうと思いました。

すると、私の母に烈火のごとく叱られました。
「ジャージで電車に乗るなんて、他の人から見たらみっともないことくらい考えたら分かるでしょ!」

言いたいことは分かるんですけれど、当時の私からすれば面倒でしかありませんでした。
「いや、20分電車に乗ってる時間だけだから、いいじゃん!すぐ着くんだし、そっちの方が楽じゃん!」みたいなことを言い返しました。

ちゃんと考えれば分かることをやれという母と、気分が乗らないからそれを拒否する私。
まあ、話は平行線ですよね。(笑)

で、結局、話がまとまらないままに、私がシャワーを浴びていると、急に扉の向こうからこう言われました。

「そんなにジャージが好きなら、一生ジャージを着てなさい!」 

いや~、これはホント、今でも鮮明に覚えていますね~。
今でこそ、自分の中では笑い話ですけれど、当時はお互いがイライラしていました。

そもそも私はジャージが好きという話ではなく、「わざわざ着替えるのが面倒」だという論点で話をしていたつもりだったんですが、いつの間にか「うちの息子はジャージ大好き人間」みたいになっていたのです。(笑)

お互いがお互いのことを「なんで分かってくれないんだ!」って思ってたはずです。
こんな掛け違いが、日常茶飯事でしたから。


サイグラムの勉強をして子育て診断士になった私は、今ならようやく分かります。

物事を決めるときに優先することが、人それぞれ違うことが分かったからです。
とってもシンプルに言えば、私は「その時々の感じ方」を優先するタイプで、母は「考えたことによって導き出される結果」を優先するタイプなんです。

感じ方を優先するタイプの私は、「ジャージに着替えるのが面倒くさい(イヤだと感じる)⇒ならジャージでそのまま電車に乗っちゃおう!」となるのですが、
考えたことを優先するタイプの母は、「ジャージで公共の場に行くのはみっともないことくら考えたら分かる⇒私服で行くべきだ」となるんですね。

感じ方を優先する私なので、「ジャージが”好き(感情)”」と映ったのでしょう。

これらのタイプは生まれながらに持つ”違い”であって、本来はそこに善悪はありません。

でも、そういったタイプがあることを知らないと、モノサシが自分にしかないんですよね。
すると、自分と違うタイプの人が現れたときに、対処法が分からなくなっちゃう。

逆に、その違いがあることを分かってさえいれば、相手のことも理解できるんですよ。
そして相手に自分のことを理解してもらうことができるようになります。

そうして相手を理解できるようになってくると、今まで以上に相手に対する思いやりの気持ちも生まれてくるんじゃないでしょうか。

実際私も、こうしたことが理解できるようになってから、両親への対応も変わってきました。
前まではまっったく話しませんでしたが、少しずつ会話の量も増えてきました。

ホント、良かったなぁとしみじみ思います。

小さい子どもへの対応だって人それぞれ違いますからね。

自分が両親から受けてきた教育をそのまま自分の子どもに当てはめてもうまく行くとは限りません。
なぜなら、人それぞれ、生まれ持った違いがあるからです。

あなたにとってピッタリだった教育方法が自分の子どもにもピッタリとは限りません。

あなたとあなたの子どもにピッタリの教育方法をお伝えできたなら、これ以上の喜びはないなぁと思うのです。

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